聖書の中にもカバラ的実践の跡がある
聖書の中にもカバラ的実践の跡がある
旧約聖書の「エレミヤ書」第25章26節には、以下の文章があります。「北のすべての王たちの遠き者、近き者もつぎつぎに、またすべて地のおもてにある世の国々の王たちもこの杯を飲む。そして彼らの次にバビロンの王もこれを飲む。…」
これは紀元前7世紀の預言者エレミヤによる預言です。また同書の第51章41節には、次のようにあります。「ああ、バビロンはついに取られた。全地の人の、ほめたたえた者は捕えられた。ああ、バビロンはついに国々のうちに驚きとなった。…」
この預言が書かれた当時、古代イスラエル王国はバビロンに制服されており、エレミヤとしては、このバビロンについての預言の言葉(文章)をバビロン側には見せたくなかったはずです。というのも、この言葉は、紀元前538年のバビロンの滅亡を預言したものだったからです。
そうした預言を書き記したことが知られれば、当然エレミヤは無事では済まされなかったでしょう。またその預言の書は破棄されてしまっていたでしょう。では、その神から預かった言葉(預言)を後世に残すために、エレミヤはどういう策を取ったのでしょうか。実は、この「バビロン」(BBL)という言葉の箇所は、原文では「ShShK」(シェシャク)と記されていたといいます。
もうお分かりですね。前の表(アトバシュ法)で、「Sh」は対応する「B」に、そして「K」は「L」に置換することで、「ShShK」はバビロンのことを暗示していたと分かるのです。







